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 最近、民俗学に関する文献を読んでいたのだけれど、

秋田のなまはげが「悪い子はいねがー」と家々をまわるとき、

家の主人(父親)は怖がってすがりついて泣く我が子を抱えながら

「うちに悪い子はおりません」と言って、なまはげを丁重にもてなす。



真の目的は、厄除けよりも、父親が怖い鬼から自分を庇ってくれたと

子供に思わせることで、

家族間の結束や、父親への尊敬を植え付けるためではないか、

という見解があって、妙に納得してしまった。







「立ち向かえ!」








通常の授業で、こどもたちは、
「みんなおんなじ」ような絵を描いていた。
ひらべったい構図、
お人形のような人物たち、
空は青、唇は赤、ひまわりは黄色、
といった「お約束」の色使い。
 
横尾忠則は、
事前にこどもたちに連絡して、
「自分の好きな絵」を1枚もってこさせていた。


 こどもたちは、もっと「漫画」とか、
「キャラクターもの」とかもってくるのかと思ったら、
意外にも、「絵画」っぽいものをもってきていた。
ピカソを持ってきた子もいた。


 横尾は、こどもたちに、
まず、持ってきた絵を忠実にうつさせた。


つまり「模写」をさせた。

 
そのあと、こんどは、何も見ないで、
「記憶」で、同じ絵を描かせた。


 記憶力が良いこどもたちは、
もとの絵を見なくても、
すいすいと再現するとおもいきや、


もとの絵を、あえて改変して描きたい、
という子が、次々現れた。

 
もとの絵では、2匹だった動物を
3匹に増やしたいとか、
もとの絵とは違った色で塗りたいとか、
こどもたちは次々主張し、
そのたびに、横尾はそれを快く許可し、
奨励していった。


 結果、記憶違いではなく、
こどもたちが、記憶していた原典に
意図して改革を加えた絵が
つぎつぎと描きあがった。

 
クラス全員の絵をならべてみる。


以前の画一的な絵がならんでいたのとは
まったく違う風景がそこにあった。


 クラス全員が、ひとりひとり、
まったく違う、オリジナリティあふれる絵を描いていた。


模写だけをクラス全員ならべたものより、
「記憶」で描かれた絵たちは、
もっともっと個性が炸裂していた。


 授業がすんだとき、
こどもたちは、絵を描くことも、
横尾忠則も、大好きになっていた。



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横尾 忠則は、兵庫県西脇市生まれの美術家、グラフィックデザイナー。
神戸新聞社にてグラフィックデザイナーとして活動後、独立。
1980年7月にニューヨーク近代美術館にて開催されたピカソ展に衝撃を受け、
その後、画家宣言。以来、美術家としてさまざまな作品制作に携わる。
(ウィキペディアより)

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(ю:】←ジャイアン

(ю:}←ジャイ子












 
 





 ある披露宴、新郎が海自の方でした。


同僚上司達は制服で出席。 
 
披露宴も御披楽喜に近づき、新郎のおじいさんの挨拶がありました。


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自分が海軍にいた事。

孫が艦に乗っている事を誇りに思う事。 
 
自分達の世代の不甲斐なさのせいで今の海上勤務の方達には

苦労を掛けていると思う事。


たとたどしくですが話されました。


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同僚達は知らなかったらしく酔っ払っていたのですが 

段々背筋が伸びていき、神妙に聞き入っていました。
 
挨拶が終わり高砂の席の一人が「何に乗っておられたのだ?」 と尋ねると、


新郎は小声で「大和です。」


それを聞いた海自組一同、すっ転ぶような勢いで立ち上がり、

直立不動で敬礼を送りました。


おじいさんも見事な答礼を返されました。







 

ローラ「ローラだよー☆ふふっ☆」
 


徹子「老婆だよー☆ふふっ☆」



















 小さいころ新聞に折り込まれた広告を見ると近所に出来た電気屋さんの

開店セールのチラシが入っていた。



そのチラシには「開店記念、ホットプレートで作った焼きそばを無料配布」の文字が!

焼きそばが大好きだった俺は、タダで焼きそばが食べられるのか、とワクワクしながら

弟と一緒に電気屋の前まで行ったが、

電気屋の近くまで来た時に目にした光景は

閑散とした客誰一人としていない店頭で、

一生懸命呼び込みをしながら

焼きそばを小さなホットプレートで 焼きつづける電気店主夫婦・・・



子供の目にもあまりにも寂しい雰囲気だったので「焼きそば下さい」と

店の前まで行く勇気が湧かず弟と一緒に遠巻きに電気屋を見て、そのままそそくさと帰宅した。




それから月日は経ち電気屋は無くなった。